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人事のブレーン社会保険労務士レポート第148号
平成28年改正労働基準法 その1

1.はじめに

改正労働基準法案が現在190回通常国会において執筆日現在(平成28年1月11日)衆議院厚生労働委員会に付託されており、審議の過程で修正がある可能性もありますが、法案の内容について今回掘り下げたいと思います。

実務的には「年次有給休暇の時季指定」と「中小企業に猶予されていた月60時間を超える残業時間に対する割増率の引き上げ」が実務上大きなポイントと思われます。
また、フレックスタイム制の清算期間の上限を1ヶ月から3ヶ月に引き上げました。
この点もフレックスタイム制の導入余地が広がったという点については評価するべき点だと思います。ただし、1ヶ月ごとの所定労働時間の上限が有りますので本論で掘り下げていきたいと思います。

いわゆる高度プロフェッショナル制度の創設や裁量労働制の改正などは中小企業にとってあまり影響はありません。

しかし、高度プロフェッショナル制度の創設等により、それ以外の労働時間管理制度であっても今まで以上に労働者に対する健康管理を企業が求められることになりました。
この点は中小企業の特例がありませんので、企業の管理体制を強化する必要があり、頭の痛い問題です。

高度プロフェッショナル制度と裁量労働制の改正については次回お話しすることとし、中小企業にとって重要な「年次有給休暇」「割増賃金」「フレックスタイム制」「健康への配慮」について本稿で掘り下げてみたいと思います。


2.年次有給休暇の改正について(第39条第7項及び第8項)

 (1)制度の趣旨
年次有給休暇については労働者の申請により企業が付与するものという制度であります。
労使協定による計画的付与により付与する事もできましたが、あくまで労働者からの申請を基本としていました。
今回の改正により「年間付与日数が10日以上の労働者」に対して、「年間5日について、使用者が時季指定をすることにより与えなければならない」とされました。
最低5日は使用者が付与日を指定して付与することが義務づけられたのです。
我が国の年次有給休暇所得率が他国と比較して低いというデータがありますが、年間休日数は他の国と比較しても多い方です。
我が国の休暇政策は、個人が好きな時季に自由に取得するという「年次有給休暇」制度ではなく、祝祭日にみんな一斉に休むという文化でした。
私がまとめた年次有給休暇の取得率と年間休日数の国際比較です。
http://www.yamamoto-roumu.co.jp/knowledge/column_vol33.html
本稿はあくまで労働基準法改正の話ですから、この議論は上記をご覧下さい。

 (2)我が国の休暇政策から考える対策
年次有給休暇を年間5日付与するという改正ですが、どの様に実務を考えたらいいのでしょうか。
本年より8月11日が山の日となり、祝日が1日増えました。
祝祭日は年間16日です。
これに年末年始休暇と下記休暇が加わります。
12月28日が仕事納めと仮定し、三が日だけ休むとすれば5日。
夏期休暇が3日と仮定すれば16日+5日+3日=24日
いわゆる週休に加えて24日も休みがあるのです。
これは年次有給休暇の上限である20日を超える数字であります。
一年365日を一週間の週の日数である7で除すると一年における週の数がでます。
これに一週40時間を乗ずると理論上の年間所定労働時間の上限が出てきます。
これが2085時間です。
1日の所定労働時間の上限が8時間だとすると、この2085時間を8で除すると理論上の年間所定労働日数の上限が出てきます。
260日。休日数は105日となります。これに年間の祝祭日と年末年始、夏
期休暇の日数を加えると105日+24日=129日になります。
年次有給休暇の取得率を政府が掲げる70%を加えると
20日×70%=14日
129日+14日=143日となります。
政府の掲げる年次有給休暇取得率を達成すると、一年365日のうち、143日が休日になってしまうのです。
一年の40%が休日です。
年次有給休暇の取得率の議論がいかに無意味かわかる数字です。
年間休日数で考えなければ意味がありません。
ですから、この改正案の対策としては年間の祝祭日日数である16日や年末年始休暇の5日、夏期休暇日数などで調整するしかありません。
年末年始やお盆など「みんなで一斉に休みましょう!!」という文化を変えて、個々人の好きな時期に休暇を取って下さい。
この様な政策意図があると仮定して対策を進めなければなりません。
ですから、祝祭日を所定休日とすることを止めるとか、年末年始や夏期休暇の一斉休業を止めるといった対策をとるしかありません。
くどいようですが、日本人の年間休日数は多いのです。
だから年次有給休暇を取得できないわけです。
年末年始休暇を取得して、直ぐに三連休。
皆さんは休みが足りないとお考えですか?
話はそれましたが、対策としては上記の通りです。

 (3)労働者から請求された年次有給休暇との関係
この5日付与については労働基準法第37条第7項で定められており、第8項で「前項にかかわらず第5項又は第6項の規定により年次有給休暇を付与した場合」には、この5日から控除できるとなっています。
では第5項とはどの様な条文でしょうか。
「使用者は前各号の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。(以下略」」
これは、労働者が「有給休暇を下さい」と行ってきた場合には時季変更権を行使する場合を除き、その時季に年次有給休暇を付与しなければならないという条文です。
労働者が自ら取得した年次有給休暇をこの5日から控除できるということです。
最低でも年間5日の年次有給休暇を付与する事としなさいということが改正案の主旨なのです。
因みに第6項は計画的付与です。計画的付与により付与された年次有給休暇は当然に5日から控除して良いという内容になっています。

3.中小企業に対する月60時間を超える割増賃金率の猶予の撤廃

 (1)概要
3年後の平成31年4月1日(予定)をもって中小企業の猶予措置が撤廃されます。
労働基準法第37条第一項但し書きにて「当該延長して労働させた時間が一箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない」とされています。
60時間を超えて残業をさせた場合には、1.25の割増率ではなく、1.5の割増率でその超過労働時間分について賃金計算をしなさいと言う条文です。
平成22年の改正労働基準法で導入された制度ですが、当分の間中小企業には猶予されていました。
この猶予措置が平成31年4月1日をもって廃止され、原則通り第37条第1項但し書きが全ての企業に適用されるということになります。

 (2)平成22年改正法における中小企業とは
第138条で中小企業の特例が規定されていましたが今回の改正案で削除されます。
中小企業とは資本金の額又は出資の総額が3億円以下(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については5千万円以下、卸売業を主たる事業とする事業主については一億円以下)であり、常時使用する労働者数が300人以下(小売業を主たる事業とする事業主については50人以下、卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については100人以下)の事業については猶予されていました。

4. フレックスタイム制の改正

 (1)概要
フレックスタイム制とは、わかりやすくいえば一箇月単位の変形労働時間制と同じ計算方法で、賃金計算期間の所定労働時間の上限を算出し、その範囲内で労働者に労働日における始業時刻及び終業時刻を労働者に委ねるという制度です。
あくまで一賃金計算期間内の調整により、始業時刻と終業時刻を労働者に委ねていくという働き方です。
今回の改正法案では、1ヶ月という期間が3ヶ月まで引き上げられ、最大3ヶ月の変形労働時間制の中で、始業時刻及び終業時刻を労働者に委ねることができるという制度になりました。
今までは、例えば31日の賃金計算期間であれば、31日に一週間の歴日数である7日を除し、一週間の法定労働時間である40時間を乗じると177時間となります。
この177時間の範囲内で、所定労働日の中で始業終業時刻を自らの裁量で調整をして働いていました。
これが最大3ヶ月になるわけですから、3月、4月、5月を例に考えると、3月は31日、4月は30日、5月は31日の歴日数です。賃金計算期間で考えますから歴月とイコールではありませんが、分かりやすくするため月末締めと仮定します。
上記の計算方法により3月は177時間、4月は171時間、5月は177時間(分かりやすくするために1時間未満の端数は切り捨てました)ですから3ヶ月の総労働時間は525時間となります。
この525時間を3ヶ月の範囲内で、所定労働日において始業終業の時刻を自らの裁量で調整をして消化するという制度になりました。
単月ではなく、3ヶ月という期間になりましたので、使い勝手は良くなったと思います。
しかし特定の月に勤務が集中してしまい、結果として過労により体調を崩すという事も想定されます。
そこで改正法案では一定の制限を設けて防止することとしました。

 (2)フレックスタイム制度の新たな規制
清算期間が一箇月を超える設定をしている場合には、賃金計算期間が複数にまたがっているわけですから、清算期間が一箇月を超えていても毎月賃金の支払いは必要です。
その毎月の賃金の支払いについて、割増賃金を計算する場合には、「清算期間をその開始の日以後一箇月ごとに区分した各期間(最後に一箇月未満の期間を生じたときは当該期間)ごとに各期間を平均し、一週間あたりの労働時間が50時間を超えた場合」には1.25の割増率による割増賃金を支払いなさいとされています。
清算期間中の賃金計算期間の所定労働時間の上限は規制されていませんが、清算期間を一箇月ごとに区切った期間(実質的には賃金計算期間と同一の場合が多い)でその期間に平均して一週50時間を超過する場合には割増賃金を支払えという構造になっています。

 (3)中途入社及び退社との関係
一箇月を超える清算期間を設定した場合、その全ての期間在籍している労働者については問題ありませんが、中途入社や中途退社、休職や育児休業からの復帰等、清算期間の全てに勤務していない労働者については現行通り労働させた期間の労働時間を平均して一週40時間を超過した場合には割増賃金を支払わなければならないということになっています。

5. 第36条関係

労働基準法第36条で時間外休日協定を締結し、所轄労働基準監督署長に提出して受理された場合に限り時間外休日労働をする事ができます。
「36協定」というものです。
この36協定の限度時間の設定に関して、労働者の「健康」を考慮して厚生労働大臣が行う事となり、行政官庁による助言及び指導についても「労働者の健康が確保されるように特に配慮しなければならない」という第5項が追加されました。

6. まとめ

改正による企業実務の影響と対策をお話ししました。
次回はプロフェッショナル制度と裁量労働制を掘り下げたいと思います。

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