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人事のブレーン社会保険労務士レポート第146 号
ストレスチェックについて

1.はじめに

  精神疾患による労災認定件数が増えており、その対策として平成27年12月1日より労働安全衛生法に「ストレスチェック」という制度ができました。
  ストレスチェックとは、常時使用する労働者に対して、医師、保健師及び検査を行うために必要な知識についての研修であって厚生労働大臣が定めるものを修了した看護師、精神保健福祉士が実施者として行うものであ り、「ストレス要因」「心身のストレス反応」「周囲のサポート」の3つの領域に関する項目を含んだ調査表で行う事となっています。

  具体的には57項目からなる「職業性ストレス簡易調査票」で行う事が望ましいとされています。
  このストレスチェックの目的は精神疾患の未然防止が目的です。
労働者の精神状況等を総合的に勘案して、精神疾患の発病予備軍を見つけて対策を立てましょうということが主旨です。

  ですから発病に至った労働者については、ストレスチェックではなく、専門医への受診等の措置が当然に必要になってきます。
  この点をまずご理解頂きたいと思います。
  今回は、このストレスチェックを掘り下げてみたいとい思います。

2.常時使用する労働者の定義

  常時使用する労働者とは以下のa及びbのいずれにも該当する労働者となります。

  a 期間の定めのない労働契約により使用される者。但し、期間の定めのある労働者であっても「労働契約期間が1年以上のもの」「労働契約の更新により1年以上使用されることが予定されているもの」「1年以上引き続き使用されているもの」も含まれます。

1年以上使用することが予定されているものが含まれている以上、有期労働契約の労働者については、殆どがこの要件に該当することと思われます。

  b その者の一週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の一週間の所定労働時間数の4分の3以上である事。

この2つの要件に該当する労働者がストレスチェックの対象者になります。

aの要件につきましてはほぼ全ての労働者が該当する事となるでしょう。
bの要件を検討して対象者かどうかを判断することが実務上考えられます。

3.ストレスチェックの実施者

  1)50人未満とは対象者は前項でお話ししたとおりです。
50人未満の労働者については当分の間努力義務とされています。
この50人の考え方ですが、在籍している労働者の総数になります。
わかりやすく言えばタイムカードの枚数です。
月に1回でも出勤する人が居れば、それを1人としてカウントします。
産業医の選任要件と同じ考え方です。

  (2)職業性ストレス簡易調査表
 ストレスチェックの実務は、まず調査表を労働者が記入することから始まります。
「職場における当該労働者の心理的な負担の原因に関する項目」「当該労働者の心理的負担による心身の自覚症状に関する項目」「職場における他の労働者による当該労働者への支援に関する項目」について、一年以内ごとに1回定期に検査を行うとされています。

この項目をまとめたものが厚生労働省のホームページにあります。

「職業性ストレス簡易調査票」と呼ばれるものです。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/kouhousanpo/summary/pdf/stress_sheet.pdf
これを使用すればいいわけです。

この票に必要な事項を加えても、逆に削除しても問題ありませんが、一定の科学的根拠に基づいた上で、実施者の意見聴取や衛生委員会等での調査審議が必要になってきます。
私は、この調査表を使用されることをお勧め致します。その理由は以下でお話しします。

  (3)実施者について ではこの職業性ストレス簡易調査表を誰が検査をするのでしょうか。
これを検査する人を「実施者」と呼んでいます。
実施者とは前述したとおり、医師、看護師、検査を行うために必要な知識についての研修であって厚生労働大臣が定めるものを修了した看護師又は精神保健福祉士です。
労働者が記入した調査表を、この実施者が検査を行います。
 中小企業においてはこの様な専門的なスタッフがいるわけではありませんの で、外注するしかありません。
しかし、前述の職業性ストレス下に調査票を使用すると、厚生労働省が無償配 布をする予定の判定プログラムが使えます。
 入力する作業は必要ですが、このソフトからアウトプットされたデータを上記の専門家に診てもらい高ストレス者であるかの判断を仰げばいいわけです。
 この判断を行う専門家については、外部の医療機関や地域産業保健センターなどで専門家の紹介を受けて行う事となります。

そして実施者は「検査を受ける労働者について解雇、昇進又は異動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある者は検査の実施の実務に従事してはならない。」
(安衛則第52条の10)とされており、「「解雇、昇進又は異動に関して直接の権限を持つ」とは、当該労働者の人事を決定する権限を持つこと又は人事について一定の判断を行う権限を持つことをいい、人事を担当する部署に所属する者であっても、こうした権限を持たない場合は、該当しない者であること」となっています。

 この様な権限を持っている者は実施者として実務に従事することはできません。
以下この様な権限を持つ者を「人事権者」と称しますが、この人事権者でもやっていい業務があります。
 人事権者ができる業務とできない業務を以下に記載します。
ストレスチェックの流れがよく分かるので、敢えて記載しましたのでご覧下さい。

a 人事権者でも従事していい業務

基本的には労働者の健康情報を取り扱わない事務です。
・事業場におけるストレスチェックの実施計画の策定
・ストレスチェックの実施日時や実施場所等に関する実施者との連絡調整
・ストレスチェックを外部機関に委託する場合の学部期間との契約等に関する連絡調整 ・ストレスチェックの実施計画や実施日時等に関する労働者への通知
・調査表の配布
・ストレスチェックを受けていない労働者 への受検勧奨

b 人事権者が従事できない業務

・労働者が記入した調査表の回収、内容の確認、データ入力、評価点数の算出等のストレスチェック結果を出力するまでの労働者の健康情報を取扱う事務
・ストレスチェック結果の封入等のストレスチェック結果を出力した後の労働者に結果を通知するまでの労働者の健康情報を取扱う事務
・ストレスチェック結果の労働者への通知事務
・面接指導を受ける必要があると実施者が認めた者に対する面接指導の申し出勧奨
・ストレスチェック結果の集団ごとの集計に係る労働者の健康情報を取扱う事務

中小企業では人事権者が給与計算をしている場合もあり、調査票の入力業務を誰に任せるのか頭が痛い問題となるでしょう。
弊社でもこの作業のアウトソーシングを行う予定であります。 

4.ストレスチェックから医師への意見聴取までの流れ

(1)労働者からの実施者の選択

 労働安全衛生法による一般健康診断では、労働者が事業者の指定した医師の健康診断を希望しない場合には、他の医師の診断を受けてその結果を事業者に提出することができます。(安衛法第66条第5項)

 しかし、ストレスチェックではその様な取扱はなく、事業者の指定した実施者が行います。

(2)事業者への検査結果の報告

 一般健康診断では、労働安全衛生法で定められている検診項目については労働者の同意がなくても、事業者は知る事ができます。むしろ、知ることにより異常の所見がある労働者については就業上の注意を産業医から聴取する必要があります。

 しかしストレスチェックでは、労働者の同意がなければその結果を事業者が知ることができません。
 ここが大きな違いです。
ストレスチェックというのは実施する義務があっても、当然に知る権利はないのです。
 同意は個々に取る必要があり、包括同意は認められておりません。
同意を取るタイミングも、本人に検査結果が通知された後でなければならないとされています。

(3)医師による面接指導の手続き

 ストレスチェックの結果は実施者から直接労働者に送付されます。
高ストレス状態であるとの結果が出た労働者が希望すれば医師の面接指導を行う事ができます。
 医師の面接指導は事業者へ申し出る事によって行います。高ストレス状況であり、検査を行った医師等が医師による面接指導の必要があると判断した場合に限り、面接指導の申し出ができます。
事業者はストレスチェックの結果を当然に知ることができませんので、誰が高ストレス状態であるかわかりません。
 労働者から医師の診断の申し出がなされた時点で、ストレスチェックを事業者に提供する同意があったものとみなされ、検査結果を事業者は見ることが出来ます。
 しかし精神的問題を医師に面接を通じて相談するということについて、抵抗があるという労働者も少なからず存在します。
 そこで、面接指導以外で相談できる窓口を設けることが望ましいとされています。
これはあくまで望ましい対応ですので、義務ではありません。
 面接指導の時期につきましては、ストレスチェックの結果が通知されてから遅滞なく申し出る事とされ、申し出をされた事業者は遅滞なく面接指導の実施を行う事とされています。
 遅滞なくとは、通達により概ね1ヶ月以内とされています。

(4)医師による面接指導の内容

医師による面接指導の内容は「当該労働者の勤務状況」「当該労働者の心理的負担の状況」「前号に掲げるもののほか、当該労働者の心理状況」となっています。この面接指導が適切に行われるように事業者として以下のことを行うこととしています。
 「事業者は、当該労働者の勤務の状況及び職場環境等を勘案した適切な面接指導が行われるよう、あらかじめ、面接指導を実施する医師に対して当該労働者に関する労働時間、労働密度、深夜業の回数及び時間数、作業様態並びに作業負荷の状況等の勤務の状況並びに職場環境等に関する情報を提供するものとする」としています。
面接指導の結果は、5年間の保存義務があります。

(5)医師からの意見徴収

 面接指導の内容を事業者が把握し、高ストレス状態の労働者への負荷を減らすために、医師の面接指導結果に基づき、医師から意見聴取を行って就業上の注意が必要な労働者については可能な限り速やかに対策をとらなければならないとされています。
 医師の面接指導と、意見聴取は別物であり、混同されている方もいらっしゃるのでご注意下さい。
 意見聴取は面接指導後、1ヶ月以内に行う事とされています。

(6)就業上の措置

 就業上の措置については「あらかじめ当該労働者の意見を聴き,十分な話し合いを通じてその労働者の了解が得られるよう努めるとともに、労働者の不利益な取扱いにつながらないように留意しなければならないものとする。
なお、労働者の意見を聴くにあたっては、必要に応じて、当該事業場の産業医等の同席の下に行うことが適当である。」となっています。
 ここでのポイントは、高ストレス状態の労働者は病気ではないということです。
ストレスチェックの目的は精神疾患に罹患しないように予防をすることです。
 高ストレス状態により就業上配慮が必要なわけであり、労務不能となる疾病に罹患しているのではなりません。
 また、高ストレス状態の原因が就業であるとは限りません。
ストレスの要因は様々です。「高ストレス状態=疾病=業務上の理由による疾病」というわけではないのです。
 病気ではなく、労務不能でもない労働者の就業に関して配慮するわけですから本人の不利益にならないように配慮しつつ、本人の意向を聞きながらすすめていくということです。
   債務の本旨に従った労務の提供が行えない場合には休職規定により休職となるわけです。
ですから、ここでの就業上の措置はあくまで債務の本旨に従った労務の提供の範囲内で措置を講ずることの理解で問題ないと考えます。
 しかし、高ストレス状態の解消には本人の生活習慣の改善等が必要な場合があります。本人の意向に反するような就業上の措置を医師が指示する場合には それに従わざるを得ないと思います。

5.集団ごとの集計・分析段階

  労働安全衛生法には規定されていませんが、国会の付帯決議に基づき集団ごとの分析を行う努力義務が安衛則第52条の14で規定されています。
 あくまで努力義務であるということに注意が必要です。
この集団ごとの集計・分析については前述した厚生労働省が配布する無料ソフトにて行えるようです。
 具体的な内容ですが、「事業者は検査を行った場合は、当該検査を行った医師等に、当該検査の結果を当該事業場の当該部署に所属する労働者の集団その他の一定規模の集団ごとに集計させ、その結果について分析させるように努めなければならない」「事業者は前項の分析結果を勘案し、その必要があると認めるときは、当該集団の労働者の実情を考慮して、当該集団の労働者の心理的な負担を軽減するための適切な措置を講ずるように努めなければならない」とされています。

 この「一定規模の集団」とは、職場環境を共有し、かつ業務内容について一定のまとまりをもった部、課などの集団であり、具体的に集計・分析を行う集団の単位は、事業者が当該事業場の実態に応じて判断するものとすることとされています。
 この集団ごとの集計分析については、個々の労働者の同意は必要ではありませんが、少数の労働者集団では、その集団に属する労働者のストレスチェックの結果がわかってしまうケースが想定されるために10人を下回る集団の場合には、その集団に所属する全ての労働者の同意が必要になります。ここでいう10人とは、ストレスチェックの対象労働者であると考えられます。

6.規程の整備

  ストレスチェックを実施するにあたり、衛生委員会等においてストレスチェックの実施方法等について調査審議を行い、その結果を踏まえ、事業者がその事業場におけるストレスチェック制度の方法等を規程として定め労働者に周知するとされています。
 これは規程を作りなさいということです。
具体的には以下の11項目を規定することが求められています。
1)ストレスチェック制度の目的に係る周知方法
2)ストレスチェック制度の実施体制
3)ストレスチェック制度の実施方法
4)ストレスチェック結果に基づく集団ごとの集計・分析
5)ストレスチェックの受検の有無の情報の取扱
6)ストレスチェック結果の記録の保存方法
7)ストレスチェック、面接指導及び集団ごとの集計・分析の結果の利用目的及び利用方法
8)ストレスチェック、面接指導及び集団ごとの集計・分析に関する情報の開示追加及び削除の方法
9)ストレスチェック、面接指導及び集団ごとの集計・分析に関する情報の取扱に関する苦情の処理の方法
10)労働者がストレスチェックを受けないことを選択できること
11)労働者に対する不利益取扱の禁止

衛生委員会については、実質的に形骸化している事業場も多く存在しており、上記11項目を審議し、規定化することは非常に大変です。
厚生労働省のひな形もありますので、そちらを参考にしながら実態に合った規程を作成することがいいと思います。

7.まとめ

  ストレスチェックについては、その集計を誰が行うかが一つのポイントになります。
人事権者が行ってはならないと規定されていますが、同じ職場内の担当者が自分の記入をした調査票を見るという前提では正直な記入がなされるのか懸念があります。
 一方で外注するにはコストもかかり頭の痛い問題です。
中小企業においては事務担当者が人事権者である場合も多く、そちらも頭が痛い問題です。
 ストレスチェックにより高ストレス状態であると判断された場合でも、それが直ちに病気とされるものではなく、あくまで病気の予備軍として就業上配慮するものであります。
 また、高ストレス状態の原因が直ちに就業に原因があるというものでもありません。
 この点の誤解がないようにすすめていく必要があります。
どうぞご参考にして下さい。

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