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人事のブレーン社会保険労務士レポート第145号
健康保険及び厚生年金保険の短時間労働者への適用拡大について

1.はじめに

今までは、厚生労働省が地方自治体に出した内簡において、同じ事業場で働くフルタイムの労働者と比較して概ね4分の3以上の労働者については社会保険に加入しなければならないとされていました。
今回の改正により、週20時間以上の労働者について社会保険の加入が義務づけられました。
500人未満の企業には除外規定がありますが、法律によって内簡で決められていた基準が定められたということが大きいことです。

理由としては内簡という行政機関内の内々の文書が根拠となって所謂4分の3ルールが定められました。
ですから今まで年金事務所は短時間労働者について、加入をさせなければならないというお願いはできましたが、根拠条文を示しての行政指導はできませんでした。
今後は行政指導ができますので、4分の3に該当するかどうかについては行政不服審査法で争うというケースが増えてくると思います。

そもそもなぜこの様な改正が行われたのでしょうか。
 年金財政を支えるために保険料を払う対象者を増やさなければならないからです。
増税ですから厚生年金の適用が拡大という大義名分で、「短時間労働者の地位向上」「弱者保護」という耳あたりのいいスローガンによって進めなければなりません。
 しかし本質は国民年金の第三号被保険者なのです。
厚生年金に加入している配偶者の扶養になっている方が第三号被保険者です。
国民年金の保険料を支払ってたこととして将来の年金をもらうことができますが、保険料は支払っていません。
 厚生年金に加入している配偶者の保険料で、その被扶養配偶者の国民年金保険料を賄っています。
 そして、厚生年金保険料は、この第三号被保険者がいるのか居ないのかで保険料は変わりません。
 保険料を支払わないで国民年金がもらえる非常にお得な制度であり、同時にこの制度から抜け出したくないがために「扶養の範囲」で働きたいという動機付けの制度でもあります。
本質的な対策はこの第三号被保険者から保険料を徴収することでありますが、世論の大きな反発が予想されます。
 ですから、耳あたりのいいスローガンを掲げて進めやすい「厚生年金の適用拡大」になってしまうのです。
 この厚生年金の適用拡大は企業の負担増につながります。
厚生年金保険料と健康保険料は労使折半です。
 労働者と同じ額会社が負担しているのです。
加入することにより総人件費は12%から15%程度増えます。
 企業にとって非常に大きな額です。
今後の企業行動として、週20時間未満の労働者を増やしていくこととなるでしょう。既にその準備を進めている企業がたくさんあります。
 属人的なノウハウを持っていない労働者については、まず週20時間の職を探し、そこで評価を受けて労働時間を増やしてもらい社会保険に加入をしていくというキャリアプランになってくるでしょう。
 この改正法により、フルタイム労働者を減らしていきますから、正社員への道が険しくなっていくのです。
 結果として貴重な時間を週20時間未満の比較的単純な労働に費やしてしまい、収入の格差は開いていくでしょう。
 我が国においての格差とは、この「属人的なノウハウの格差」が収入に反映されてしまうことが原因であると思います。
 格差を助長する年金改革であるということは、実務的な視点から断言できます。
 第三号被保険者から保険料を取ることこそ本質的な問題の解決につながって行くのです。
 法改正の影響については以上でありますが、制度の説明を以下でしたいと思います。

2.平成28年10月改正法の概要

(1)施行日
施行日は平成28年10月1日です。

(2)500人以下の企業について

 500人以下の企業については改正前と同様のルールです。
この500人の計算方法についてお話をしたいと思います。
 今まで厚生年金に加入しなければならないとされていたフルタイムの労働者と比較し、概ね4分の3以上である労働者が501人以上であれば改正法のルールが適用となります。
 ですから労働者数が1000人以上の企業であっても、4分の3ルールに該当して厚生年金に加入させなければならない労働者が500人以下であれば改正前のルールになるのです。
 ただし、今までは内簡という文書で4分の3ルールを決めていましたが今後は条文で決められています。
この特例は所謂「年金機能強化法附則第17条厚生年金保険の短時間労働者への適用に関する経過措置」で定められています。

 特定適用事業所として、「一週間の所定労働時間が同一の事業所に使用される通常の労働者の一週間の所定労働時間の4分の3以上であり、かつ、その1ヶ月間の所定労働日数が同一の事業所に使用される通常の労働者の所定労働日数の4分の3以上である短時間労働者」が500人以下であれば従前のルールである4分の3ルールが適用されるのです。

この4分の3ルールについては「その一週間の所定労働時間が同一の事業所に使用される通常の労働者の4分の3未満である短時間労働者」又は「その一月間の所定労働日数が同一の事業所に適用される通常の労働者の4分の3未満である短時間労働者」となっています。
 「所定労働時間の比較」と「所定労働日数の比較」について、500人の要件は「かつ」でありますが、加入要件は「又は」となっています。厚生労働省の資料を基にこの原稿を書いていますから間違いではないでしょう。
理由はわかりませんが整合性がとれていないように思えます。

(3)501人以上の企業に関する厚生年金の加入要件
 まず、条文の書き方ですが、4分の3ルールの検討をして、そのルールでは加入をできない労働者を短時間労働者と定義しています。4分の3ルールについては上記でお話しした「又は」の内容と同様の内容で判断されます。
 その短時間労働者の中で以下の要件いずれかの要件に該当する場合には適用除外と判断されます。
 イ 一週間の所定労働時間が20時間未満であるもの
 ロ 当該事業場に継続して一年以上使用されることが見込まれないもの
 ハ 資格取得時の標準報酬月額が88,000円未満であること
 二 学校教育法50条に規定する高校生、同83条に規定する大学の学生その他厚生省令で定める者であること

 短時間労働者以外の労働者は「2ヶ月以内の期間を定めて使用される者」を適用除外としています。しかし、短時間労働者については、その労働実態を鑑みこの規定を緩和し「一年」としたわけです。
 ですから、短時間労働者以外の者、所謂4分の3ルール以上に働く労働者については従前通り「2ヶ月以内の期間を定めて雇用される者」が適用除外となるわけであり、雇用期間という基準が労働時間又は労働日数によって加入基準が変わるということです。

報酬要件ですが88,000円というのは標準報酬月額です。
この標準報酬に該当する賃金額となります。
例えば現行法の標準報酬月額の下限は98,000円です。
101,000円未満の報酬は全て98,000千円となります。月の賃金が5万円でも下限となるのです。この点は今後明らかになると思いますが、少なくとも報道等で「年収106万円の壁ができた」というのは間違いです。
標準報酬月額が88,000円未満ではないことが要件です。
年収が106万円以上でも標準報酬月額が88,000円未満であれば加入要件は満たしませんし、仮に106万円未満であっても標準報酬月額が88,000円以上であれば加入要件を満たすことになります。
 厚生労働省の資料でも106万円という数字が見受けられますが、条文には年収について一切触れられていません。106万円という数字には惑わされないように気をつけましょう。

3.まとめ

 冒頭に書いたように国民年金の第三号被保険者から保険料を取りたいけれど、それはやりにくいということで今回の改正につながったわけです。
 企業としては短時間労働者の総人件費の12%から15%が増える対策をしなければなりません。
 該当しないように週の労働時間を抑えるということは企業にとっては「求人」が大変になり恒常的に人手不足に陥るでしょう。
 労働者にしてみれば「属人的なノウハウ」をあまり持っていない労働者はフルタイムで働く機会が少なくなるでしょう。
労使双方にとって不幸な今回の改正法。
 国民年金の第3号被保険者からの保険料徴収が本質的な問題な解決に繋がるということをお話しして今回のメルマガとさせて頂きます。

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