コラム社会労務の基礎知識

持ち帰り仕事に対して賃金を支払うべきか

1. 労働時間とは

(1)労働とは
「労働」とは、一般に使用者の指揮監督の下にあることをいい、必ずしも現実に精神又は肉体を活動させていることを要件とはせず、業務に即応すべき体制にある状態の下で労働から解放されず待機している時間と評価される時間を含めて「使用者の指揮命令下に置かれている時間」とされています。
実際に精神又は肉体を活動させている時間は、当然労働時間です。
休息や仮眠といった行為も、業務に即応すべき体制にある状態の下で労働から解放されず待機している時間、と評価されるので労働時間とみなされます。

(2)使用者の指揮命令下に置かれている時間とは
使用者の指揮命令下に置かれているかどうかの判断は、安西愈弁護士の著書「新しい労使関係のための労働時間・休日・休暇の法律実務」(中央経済社)が詳しいので全訂7版P6を参考にまとめさせて頂きました。
すなわち「使用者の指揮命令下に置かれている時間」とは、以下の5つの項目の拘束要件を全て満たすことが前提となり、その上で業務あるいは一定の使用者の事業のための行為をなしていると評価される時間が原則として労働時間であると考えられます。
第一に「どこで業務や作業等の行為を行うか」という一定の場所的な拘束下にあること。
第二に「いつ行うか」という一定の時間的な拘束下にあること。
第三に「どのような態度、姿勢等で行うか」という一定の態度ないし行動上の拘束下にあること。
第四に「どんな行為をどのような方法、手順でどのようにして行うか」という一定の業務の内容ないし遂行方法上の拘束下にあること。
第五に「上司の監督下や含む支配下に行う必要があるか、自己の自由任意で行っているのか、それを行わないと賃金・賞与上の不利益取り扱いがなされるか等」の一定の労務指揮権に基づく市はいないし監督的な拘束下にあること。
以上のようになっています。

2.持ち帰り仕事についての検討

(1)労働基準法上の労働時間の検討
それでは、持ち帰り仕事を上記の5拘束要件に当てはめてみましょう。
第一の場所的な拘束は「自宅でも喫茶店でも図書館でも行える」という観点から、要件にあてはまらないとなります。
第二の時間的な拘束は「深夜でも早朝でも休日でも行える」という観点から、要件にあてはまらないとなります。
第三の一定の態度・行動的な拘束は「テレビを観ながらやろうとも、音楽を聴きながらやろうとも、お喋りしながらやろうとも行える」という観点から、要件にあてはまらないとなります。
第四の一定の内容・遂行方法上の拘束は「自宅等においてどのように行っても自由である」という観点から、要件にあてはまらないとなります。
第五の一定の使用者の指揮監督等の拘束は「私生活・家庭で行っている」という観点から、要件にあてはまらないとなります。
業務の様態によっては上記拘束要件に該当する事もあると思いますが、5拘束要件全てを満たす持ち帰り仕事というのは、一般的には考えにくいでしょう。
したがって、持ち帰り仕事を行う時間は労働時間ではないと判断されることとなります。

(2)労災法上の検討
なお、労働基準法の労働時間には該当しないけれども、過労による疾患の判断には、自宅で行ったいわゆる持ち帰り仕事に要した時間も含めて精神的又は肉体的な負担を考えることとなります。

3.持ち帰り仕事の対価

持ち帰り仕事の対価はどのように考えればいいのでしょうか。
労働基準法上の労働時間とされない場合には、労働の対償である賃金の請求権は発生しません。持ち帰り仕事については前述の通りですから、賃金の請求権は発生しないと考えられます。
しかし、使用者のために業務を行っている時間であることは間違いありません。
持ち帰り仕事は、法律的には民法による契約の一種であり、民法656条の準委任契約に準ずる契約であると考える事ができます。
準委任契約については報酬が予め取り決められている場合についてのみ報酬の請求権が発生しますが、予め取り決められていない場合には請求することが難しいと考えられています。
したがって、特段の取り決めがない限り、持ち帰り仕事の対価は請求できないと考える事が妥当であると考えます。

4.持ち帰り仕事の拒否

労働契約上、労働者は使用者の指揮命令の下で働くことが求められていますから、その指揮命令下を離脱して、自宅において業務をすることは求められていません。
ですから、持ち帰り仕事を拒否しても業務命令違反にはなりません。労働者としては、職場で業務を行えば労働時間として賃金の請求権が発生するわけですから、仕事を持ち帰らずに職場で業務を行うことは当然の選択なのかもしれません。

5.まとめ

持ち帰り仕事については、様々な職種で見受けられますが、その対価を支払っている企業は多くありません。
持ち帰り仕事の法的な位置づけを確認して、実務の参考にして頂ければ幸いです。

「初出:週刊帝国ニュース東京多摩版 知っておきたい人事の知識 第59回  2014.11.25号」

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