コラム社会労務の基礎知識

経営の中の一分野である「人事」という認識の大切さ

1. はじめに

 腰が痛くて整形外科を受診したが何の問題もなく、湿布を貼ってしばらく様子をみたがぜんぜん治らない。その後、色々と病院を回った結果、内臓疾患による腰痛だった。
このような話を聞いたことはありませんか。
疾患のある臓器に症状が出るのではなく、肩こりや腰痛といった症状により臓器の疾患がわかるという事がたくさんあります。人間の体というものは、骨や筋肉といったものが独立して存在するのではなく、全身にある臓器や筋肉などが相互に連携して機能しています。
原因が骨だとわかれば、骨だけに焦点を当てて治療することに意味はあるのかもしれませんが、その周辺の筋肉や臓器にも注意しながら治療しなければなりません。
寒くなると筋肉が硬くなり肩こりがひどくなるなど、環境の変化によっても体は影響されます。
人間の体を例にお話をしましたが、これは経営という問題も同じです。
今回はこの点を掘り下げて考えてみたいと思います。

2.経営全体のプロセスの中にある「人事」

腰痛を訴えている患者さんの腰だけ考えていると、その患者さんの症状を緩和することはできないかも知れません。体全体から腰痛の原因を検討する必要があります。

経営も同様です。
私は社会保険労務士という人事の専門家ですが、人事というのは経営していく上でたくさんある分野の中の一分野であり、人事だけの専門家では依頼者の権利は守れないということを自覚しなければなりません。
どのような商品が市場に受け入れられるのかを調査して開発し、流通させる。
代金を頂戴し、リピーターとなって頂くように様々な工夫をする。このプロセスの中で、資金をどのように調達するのか、人材をどの様に確保・教育していくのか。あくまでも企業活動の中の財務であり人事なのです。
人事を考えるにあたり、経営のプロセスを考慮しないで独立の分野として捉えてしまうと、実態と乖離した人事施策になってしまいます。
前回の連載で取り上げた最低賃金の問題もまさにこの点にあります。
経営全体のプロセスの中で、最低賃金だけ上昇させても総人件費を増やせず、結果として正社員の賃下げ要因になるということが理解できていないのです。
育児休業の問題も同様で、育児休業する労働者の権利に焦点をあてていますが、代替要員の雇用の不安定さはあまり取り上げられておらず、代替要員でできる仕事が限られているという点も考慮されていません。
育児をしながら仕事をしていくということが困難な理由は、私は「企業の問題」でも「労働者の問題」でもなく、社会全体の中の企業、経営全体の中の人事という視点が欠けているからだと考えます。

3.脱人事の発想が人事を強くする

残業代を請求されたという相談を受けます。
労働基準法という法律に基づいて、どのような解決を図るかという点においては人事の問題です。
しかし、残業代を支払うとお金が動きますから、財務の問題でもあります。
社会保険未加入企業もたくさん存在します。社会保険の加入は人事の問題ですが、社会保険の未加入企業の多くは「社会保険に加入したら資金繰りが厳しくなる」という理由で加入できませんから、財務の問題です。
社会保険に加入するためには、経費の見直しという財務の仕事が必要ですが、それだけでは問題は解決しません。社会保険料を継続的に支払っていくためには利益を出さなければなりません。売上を増やし、組織を効率化していかなければなりません。まさに「経営全体の問題」なのです。
経営全体から人事を考えて行く発想が無ければ、問題は解決できないのです。

4.当たり前の発想がなかなかできない

当たり前のことと思われる方も多いでしょうが、実際はこのような発想をして問題を解決できる事は少ないのです。
士業といわれる専門家が「経営全体から専門分野を考える」ということができていないことも大きな要因でしょう。人事の問題を解決するためには、経営全体からみてどのように進めていけばいいのか。経営だけではなく、企業を取り巻く環境の変化も踏まえて考えていかなければなりません。
たとえば、解雇を人事の分野だけで考えると、解雇のハードルは高いし、金銭的解決をするにしてもお金がかかるという不安感に焦点がいきます。しかし、その社員には現在も賃金を支払っていて出費が続いているのです。解雇したい社員が他の社員に悪影響を及ぼしており、作業効率が下がっているかも知れません。
やめて欲しくない社員が退職してしまうかもしれません。
売上、作業効率、社員教育など様々な角度から検討をしていけば、その社員に対する処遇の結論が出やすいのです。

5.まとめ

少し前、日本の小学生の投げる力が低下しているという記事が出ていました。
原因としては体力の低下であろうとされていましたが、私は違うと思います。
私は小学校のPTA役員をしており、ボール投げの体力測定のお手伝いをしたのです。
一球目では3mしか投げられなかった子供に「ここめがけて投げて」というと、10m投げられたということがありました。
これは体力の問題ではなく「投げ方のコツ」がわかっていないからだと思います。
30m投げられる子が35m投げるためには体力の向上は必須ですが、3mを10mにするのは投げ方のコツを教えれば十分です。
何が言いたいかというと、データはあまりあてにならないということです。
データだけみると、投げる力について向上させるために体力をつけさせようとなりますが、実際にその場に立ち会ってみると違った結論になってしまうのです。
経営も同じで、財務をはじめ様々なデータはどこまで信用できるのか。
「社会全体から企業をみる」「経営全体から専門分野を考える」これが何より大切なのです。
人事というテーマで連載を書かせて頂いておりますが、様々な視点から「人事」を お話し出来るように私も努力していきたいと思います。

「初出:週刊帝国ニュース東京多摩版 知っておきたい人事の知識 第58回  2014.10.28号」

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