コラム社会労務の基礎知識

会社の都合で社員を休業させた場合平均賃金の60%では足りないの?

1. はじめに

(1)なぜ今回のテーマなのか
 経済状態が悪く生産調整をする場合や悪天候により作業が出来ない場合等に会社が休業する場合、「使用者の責めに帰すべき事由」で社員を休業させたとして、労働基準法第26条により平均賃金の60%の休業手当を支払う必要があります。
 最近のご相談では、社員から「民法上は60%だけではなく、賃金の全額を保障する必要があるのではないか」と言われたという事例が複数ありました。
 この点を分かりやすくまとめている書籍等が少ないので、今回のテーマと致しました。

(2)概要
使用者の責めに帰すべき事由で休業した場合、労働基準法第26条により平均賃金の60%の休業手当を支給しなければなりません。
民法では「債権者の責めに帰すべき事由により履行不能の場合には債務者は反対給付請求権を有する」と考えます。
労使関係においては債権者とは使用者、債務者とは労働者。反対給付請求権とは賃金請求権になります。
「労務の提供」を使用者の都合によりできないときは、その反対給付である賃金の請求権を債務者である労働者は失わないという前述した社員の考え方です。
労働基準法では平均賃金の60%とされているのに、民法では賃金の全額を支払う事とされているのであれば、そもそも労働基準法の規定には意味がないのではという疑問が生じます。この疑問を本稿で解決したいと思います。「使用者の責めに帰すべき事由」の概念がポイントになってきます。民法における考え方と労働基準法における考え方を比較してみたいと思います。

2.民法における使用者の責めに帰すべき事由

(1)民法の考え方
民法の「使用者の責めに帰すべき事由」の考え方は「故意、過失または信義則上これと同視すべき事由」が存在するとき、反対給付である賃金の全額を保障することとされています。
この帰責事由の判断に当たっては債務の履行不能の原因が、以下の2つの要件を満たす必要があります。
第一にその原因が企業の外部より発生したものであること。
第二に、事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてなお避ける事の出来ない事故であること。
したがって材料の遅延や不況などでやむを得ず休業した場合でも、上記の2点を満たさない限り、反対給付である賃金の請求権は生じない、すなわち休業をさせた労働者に休業保障をする必要が生じないという結論になります。
 ですから不況による休業や天候不順による休業などは、民法の考え方では反対給付である賃金の全額を支払う必要が無いとされてしまうケースが多いのです。

(2)救済措置としての労働基準法の休業手当
民法の原則的な考え方では、社員の生活が不安定になってしまう恐れがあります。梅雨時期や台風の時期など雨天で仕事が出来なくて、賃金額の大幅な減額を余儀なくされるケースもあるでしょう。
この様な事態を避けるために、労働基準法において「使用者の責めに帰すべき事由」の概念をより広く考える事で労働者保護につなげようと設けられたのが第26条による休業手当です。
この休業手当は、反対給付である賃金の全額ではなく、平均賃金の60%としたことにより事業主にも一定の配慮をしたかたちで休業手当の支払いに強制力を持たせました。

3.労働基準法第26条による休業手当

労働基準法では民法による反対給付である賃金のうち平均賃金の60%に当たる部分の支払いを罰則によって担保し、そしてその対象となる使用者の責めに帰すべき事由の範囲を拡大しました。
たとえば、使用者の故意または過失とはいえない原材料の不着や不況による休業も労働基準法ではその保障対象としています。
労働基準法第26条による休業手当については、「その原因が企業の外部より発生したものであること」「事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてなお避ける事の出来ない事故であること」の要件を拡大して、事業主の監督、干渉が可能な範囲における人的、物的の全ての設備は事業の内部に属するという解釈をとっています。
この様な解釈により使用者の責めに帰すべき事由が拡大して労働基準法26条の休業手当の対象を広げて労働者保護につなげるという立法になったのです。

4.まとめ

このように労働基準法では「使用者の責めに帰すべき事由」の概念を民法の考え方より大きくすることで休業手当を受けやすい状況をつくったのです。
 ですから民法上の反対給付請求権が発生し得ない事由であったとしても、労働基準法第26条による休業手当を支払うこととなるケースが多いのです。
 したがって「労働基準法第26条による休業手当の支給要件=民法による反対給付請求権の支給要件」とはならず、民法による反対給付請求権の支給要件を満たすには「使用者の故意、過失または信義則上これと同視すべき事由の存在」より厳格に判断されるのです。

 つまり、労使間において特約があった場合を除き、不況による休業については経営者の故意、過失とは言えず、民法による反対給付請求権の発生要件を満たしているとはいえないので、労働基準法第26条による休業手当で足りるとの結論になります。
 したがって労働基準法26条による休業手当の対象となった場合でも、無条件で全額の賃金が保障されるという事はなく、前述の通り、その要件を満たしているのか個別に検討をしていく必要があるのです。
使用者の責めに帰すべき事由の範囲が労働基準法と民法では違うということをご理解頂き、実務に活用頂ければ幸いです。

「初出:週刊帝国ニュース東京多摩版 知っておきたい人事の知識 第42回 2013.6.25号」

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