コラム社会労務の基礎知識

「定額残業を導入しなければならない背景 後編」

1. はじめに

 前回の連載で、「残業手当がなぜ支払えないのか」「拘束時間と労働時間との関係」「36協定と労働時間との関係」をお話し致しました。
 今回は「事務職なのに定額残業制度を設定して良いのか」というご質問を受けます。
事務職や製造業の製造ラインで働く労働者への定額残業制度の導入について掘り下げてお話をしたいと思います。

2. 厳格な労働時間管理と定額残業制度

(1)事務職にも定額残業制度は導入出来るのか
 事務職などの内勤の労働者は労働時間管理がしやすいです。
製造業の製造ラインで働く人も同様です。
 この様な労働者に対して定額残業制度を導入して良いのかというご質問をよくお聞きします。
 結論から言うと問題ありません。
 定額残業制度は賃金制度であり、一方、厳格な労働時間管理が出来るということは労務管理制度の問題であるために両者は競合しません。賃金制度と労務管理制度という別の話ですので導入出来るわけです。
 賃金制度である定額残業制度は、厳格な労働時間管理をしている職場であろうと、営業職のような労働時間管理が出来ない職種であろうと導入出来るのです。
 ではなぜ「厳格な労働時間管理」ができる職種に定額残業制度を導入しなければならないのでしょうか。

(2)厳格な労働時間管理とは
 皆さん、学生時代を思い出して下さい。小学校から高校までは45分から50分の授業時間でした。大学では1時間30分の授業時間です。
 この授業中に先生の言葉を一言一句集中して聞いていた人は何人にいるでしょうか?
ましてや6時限7時限といった1日授業をやる日については、全ての授業を一言一句集中して授業を受けることは不可能でしょう。
 これは社会人になっても同様で、1日8時間の所定労働時間に全ての時間、完全に集中して仕事をすることは不可能でしょう。
 労働安全の分野でも、安全確保のために50分作業したら10分程度休むと事故が発生せずに効率が良いとされています。
 高校時代に武道の授業で柔道を選択していましたが、その柔道の先生が「柔道のオリンピックの選手でも5分の試合時間完全に集中することはない。脳のどこかは休んでいる。」と話していました。
 事実がどうか分かりませんが、人間の能力とはこの様なものかも知れません。
仮に労働者が全ての労働時間に100%の能力を発揮している前提であれば、「厳格な労働時間管理」という概念は成り立ちますが、その様な能力が人間に備わっていないとすればそもそも「厳格な労働時間管理」という概念は理論上存在するという程度に過ぎません。
 どの企業も厳格な労働時間管理が出来ないという前提で賃金制度を考えるべきなのです。

(3)消極的労働時間と定額残業制度
 前回お話し致しました消極的労働時間の考え方。これは私の造語です。
復習しますと、会社が意義のある残業時間であると認める時間を「積極的労働時間」。会社は残業と認めたくはないが労働基準法上、残業時間として評価される時間を「消極的労働時間」とします。
 積極的労働時間については、所謂「残業申告制度」等を活用して把握すべきですが、消極的労働時間については「定額残業制度」を用いて管理すべきなのです。
 事務職であっても、能力的な問題だけではなく、トイレや水分摂取などの生理的行為の時間があります。
 積極的労働時間については割増賃金を支払っても良いが、消極的労働時間については支払いたくないという経営者の方々は多いと思います。
 この様な経営者の方々の想いを合法的に形に出来る制度が定額残業制度なのです。
 定額残業制度を上手く活用して、この消極的労働時間について未払い賃金を無くす賃金制度をつくるべきであると考えます。

3. 残業手当の予算化と定額残業制度

残業手当の未払いを無くす為には残業手当の予算化が必要になってきます。
残業手当の予算化というのは、予定されている総人件費の中で残業手当が支払えるように、基本給や諸手当、社会保険料などの予算を考えて賃金設計をすることです。

毎月残業時間が同じであればあまり悩みません。
しかし多くの会社では繁忙期と閑散期があります。
繁忙期は残業時間が多くなり、閑散期では残業時間が少なくなります。
総人件費の予算内で残業手当を支払う為には、繁忙期の残業時間を基準に基本給などの固定的賃金の設定をしなければなりません。そうしなければ総人件費の予算を超えてしまうからです。
その結果、基本給などの固定的賃金が低い設定となり、閑散期の賃金が低くなってしまいます。
 これでは労働者の生活に支障が出てくるでしょう。
一方経営者側も、残業手当の予算化はあくまで残業手当を払うための方法であり、人件費を抑止する為の方法ではありません。
 例えば、経営者がAさんに支払う賃金額を30万円と決めたら30万円を支払いたいのです。
残業手当の変動により繁忙期は32万円で、閑散期は20万円という賃金額は経営者のとっても労働者にとっても不本意なのです。
 残業手当も変動的な賃金ではなく、固定的な賃金とすることで労働者の生活の安定と残業の予算化を両立することが定額残業の目的なのです。

4. まとめ

 定額残業制度は労働側のネガティブキャンペーンのあり、あまりいいイメージはありません。
しかし前回と今回の記事でお話ししたとおり、「残業の予算化」「残業申告制度のデメリット」「消極的労働時間の問題」など多くの課題が解決出来るのです。
是非とも参考にして頂き、総人件費の予算内で、合法的な賃金制度の構築を行って欲しいと思います。

「初出:週刊帝国ニュース東京多摩版 知っておきたい人事の知識 第53回 No.902 2014.5.27号」

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