コラム社会労務の基礎知識

「価格転嫁」から消費税と賃金を考える

1. はじめに

この4月から消費率税が5%から8%に引き上げられます。
中小企業にとってこの消費税率の引き上げは、価格転嫁を適正に行うという経営課題との戦いでもあります。
一方で、デフレ脱却を果たさなければ消費税率引き上げの効果は限られてしまいます。
 消費税率が引き上げられたことにより、経営者はどの様に考え、何を目指したらいいのか。
 今回はここに焦点を当ててまとめてみました。
少々回りくどい話もありますが、どうぞ最後までお付き合い下さいませ。

 

2. 5円の消費税額は誰のものか

 チョコレートを例に考えてみましょう。
 A君はチョコレートを買いにコンビニエンスストアに行きました。
レジで105円を支払い、チョコレートはA君のものになりました。A君はこのチョコレートを自分で食べても、人にあげてもいいわけです。
さて、このA君が支払った105円の内訳はどうなっているでしょうか。
チョコレートの価格が100円と消費税が5円となります。
消費税額である5円は誰のものでしょう。お店のものではありませんよね。消費者からお店が預かって税務署に納めます。あくまで預かっているのですから、この5円をお店が自由に使うことはできないのです。
この様にしてお店が預かった消費税額は税務署に申告され納税されます。

 消費税が引き上げられて8%になった場合にはどうなるのでしょうか。
100円のチョコレートは108円をお店に支払わなければA君のものになりません。同じチョコレートをA君のものにする為に3円多くかかります。
この余分にかかった3円は誰のものでしょうか。引き上げられた消費税ですから国のものです。お店の消費税額の納税が5円から8円になったにすぎません。
 お店は受け取るお金は増えましたが、チョコレートの100円という価格は変わっていませんから消費税の引き上げにより利益が増えるということはありません。

3. お小遣いが実質的に目減りする消費税引き上げ

消費税率の引き上げにより、今まで105円で買えていたチョコレートが108円出さなければ買えない事となりました。
消費税率が5%の時には、1,000円のお小遣いでチョコレートを9個買った場合、55円余りました。
この55円で他のものを買うことが出来ます。
これが8%ととなり108円になった場合、28円しか余らなくなります。
消費税率が3%引き上げられることにより、お小遣いが1,000円のままでは、55円-28円=27円分の購買力が落ちてしまいます。

4. 税率を上げることより税収を上げることが目的

 消費税は一年間で10兆円集まるといわれています。
消費税率5%で10兆円ですから、10兆円÷5%=消費税1%あたりの税収2兆円
8%に引き上げられるわけですから2兆円(消費税1%あたりの税収)×8=16兆円にならなければ消費税を引き上げた意味がありません。
 しかしお小遣いや賃金が上がらなければ購買力が落ちてしまいます。
1,000円というお小遣いが変わらなければ前で検討したとおり、27円分の購買力が落ちることとなります。
いままで自由に使えていた27円が、消費税額に変わってしまうわけですから、物が売れなくなってしまいます。物が売れなければ景気が悪くなり、消費税の税収も下がってしまいます。
消費税引き上げの目的は「税収を上げること」です。10兆円が16兆円にならなければならないのです。
 使えるお金を増やさなければ景気が悪くなってしまいます。
これを解決するには賃金額を引き上げることです。

5. どうすれば賃金額を引き上げる事が出来るのか

賃金額を引き上げるためには利益額を増やさなければなりません。
利益額を増やすには2つの方法があります。
第一は、お客様の数を増やす。
第二は、商品の単価を上げる。
両方同時に出来る事が理想ですが、個々に検討をしてみましょう。
ここでは税抜き価格で考えます。
一個100円の商品があったとしましょう。
この商品を売るためにかかるコストは95円としましょう。
1,000個売ると、100円×1,000個=100,000円の売上げになります。
コストは95円×1,000個=95,000円となります。
利益は50,000円です。
当たり前ですが、消費税率が3%引き上げられようとも、この税抜き価格は変わらないわけですから利益は変わりません。むしろ消費税率引き上げにより、販売個数が減って利益額が減ってしまうことも予測されます。

単価が変わらずにお客様の数が倍になったと仮定しましょう。
売上げ 100円×2,000個=200,000円
コスト  95円×2,000個=190,000円
利益は10,000円です。
売上げが倍になったことにより利益も倍になりました。
利益が倍になったから賃金を上げることが出来るでしょうか。
一人で1,000個販売していて、2,000個になっても一人で販売出来るのであれば、人件費コストは変わらないのでコストが下がり利益が増えます。
しかし、販売量が倍になったのに人件費が変わらないということは考えにくいです。
仮にこの様な状態にあったとすれば、1,000個の販売量は極端に少なかったということになるのです。
通常であれば、販売量が増えればその分のコストも比例して増えていくのです。
売上げが上がっても、コストは増えますから賃上げ余地は少ないという結論になってしまいます。

お客様の数が変わらずに、単価が変わった場合はどうでしょうか。
商品単価が100円から103円に引き上げられたとしましょう。
売上げ 103円×1,000個=103,000円
コスト  95円×1,000個= 95,000円
利益は8,000円です。
1,000個の販売量を前提とすると同じコストで3,000円の利益が増加しました。
商品単価が上がると、同じコストで利益が増加するのですから賃上げ余力が出てきます。

6.賃上げより取引価格を引き上げることが大切

 政府の政策として「賃上げ」を目標としています。これは間違っていないと思います。
価格決定権の無い企業は、仕事が増えても単価が変わらないために利益が確保出来ないという問題を抱えています。価格決定権のある企業は、賃上げの原資に利益をまわせますが、中小企業は単価の引き上げどころか、消費税増税分の価格転嫁が出来るかどうか不安を抱いています。この様な状況では、賃上げ余地はありません。
単価が変わらないにもかかわらず、最低賃金の上昇、社会保険料の上昇、原油価格の上昇などコストが上昇しています。この様なコストを価格転嫁出来る様な環境にしなければなりません。中小企業が賃上げをする為に必要なことは「取引価格の引き上げ」なのです。
言葉を換えれば「価格転嫁をしやすい環境整備」とも言えるでしょう。
大手企業が政府の政策に合わせて「賃上げ」していますが、「中小企業との取引価格を引き上げる原資」まで賃上げに遣われては末端まで「賃上げ原資」が行き渡りません。
政府が本気でデフレ脱却を目指すのであれば、「取引価格の上昇」を主たる目的として政策を進めていかなければなりません。
 中小企業まで賃上げ原資が行き渡ることを願ってやみません。

「初出:週刊帝国ニュース東京多摩版 知っておきたい人事の知識 第51回 No.894 2014.3.25号」

コラム社会労務の基礎知識一覧へ